卒業生より
VOICE OF GRADUATES
明日やろうは馬鹿野郎
18期生 谷山 妙子
私は高校を卒業後、社会人として10年以上働いた後、本校へ入学しました。
自分が好きな仕事をしてきた中で、最後にやってみたいと思った仕事が看護師だった為、思い切ってチャレンジすることにしたのです。入学後は、慣れない医療用語に苦戦し、看護技術を習得するための地道な反復練習、実習が始まれば毎日膨大な記録の量に手が痛くなりました。しかし、実習での患者様との出会いや関わり、様々な経験は看護師になった今でも鮮明に覚えており、本当に貴重な時間でした。苦楽を共にした仲間とは今でも連絡を取り合っていて、一生の友となりました。本校で過ごす2年間は、決して楽な道ではないですが、一人ではありません。周りには、先生や実習指導者さん、仲間や患者様がいて、自分の背中を押してくれます。そして何より、自分の看護観と基盤となるのがこの2年間です。1日1日を大切に、自分や周りの人と誠実に向き合い、私の座右の銘である「明日やろうは馬鹿野郎」を心に留めて、ぜひ頑張ってください。
自分が好きな仕事をしてきた中で、最後にやってみたいと思った仕事が看護師だった為、思い切ってチャレンジすることにしたのです。入学後は、慣れない医療用語に苦戦し、看護技術を習得するための地道な反復練習、実習が始まれば毎日膨大な記録の量に手が痛くなりました。しかし、実習での患者様との出会いや関わり、様々な経験は看護師になった今でも鮮明に覚えており、本当に貴重な時間でした。苦楽を共にした仲間とは今でも連絡を取り合っていて、一生の友となりました。本校で過ごす2年間は、決して楽な道ではないですが、一人ではありません。周りには、先生や実習指導者さん、仲間や患者様がいて、自分の背中を押してくれます。そして何より、自分の看護観と基盤となるのがこの2年間です。1日1日を大切に、自分や周りの人と誠実に向き合い、私の座右の銘である「明日やろうは馬鹿野郎」を心に留めて、ぜひ頑張ってください。
バツ1で重度障害の子どものために…
18期生 金井 麻里
看護の世界に飛び込むなんて思ってもいなかった私。当時、私には障害の子どもがいてバツ1。社会人で学生になるなんて自分が置かれている状況からして考えられることではありませんでした。しかし、子どもが小学2年生のとき突然脳出血で倒れ、意識もなく生死をも危ぶまれる状態となりました。原因は難病指定されている「もやもや病」でした。幸い命は助かりましたが、生活するにあたり禁止(泣くこと、運動すること、笛などを吹くこと)されることが多く、おまけに左半身麻痺…。この先、普通の生活はできないのでは…と子どもと一緒に3か月間病院で過ごしました。子どもが重度障害となり不安な気持ちはありましたが、元々落ち込む性格ではなかったことと、子供の将来のことも考えて、医療行為ができたら…との思いで看護の道に踏み込みました。学校生活は、楽ではなく勉強と実習…正直大変な2年間でしたが、友人や先生に支えられ無事卒業することができました。卒業後は大学で福祉を学び、自分の子どものような障害の子どもたちの居場所として、障害児の放課後等デイサービスと日中一時支援事業所を立ち上げました。資格を取ったからこそ、今の自分があり多くの道も開けるのではないかと思っています。看護の仕事は、病院という場所に縛られず、人に寄り添う仕事としてあらゆる所で活かせる仕事です。長い人生の中でのわずか2年頑張るだけで、卒業後の後悔はないと思いますよ。
一から始める看護の道
20期生 赤城 麻美子
私は、親戚が通っていたことをきっかけに大津市医師会立看護専修学校へ入学しました。それまでは医療とは全く関係のない仕事をしていたので、ただ漠然としたイメージの中で学ぶ勉強や実習は何をやっているのかわからないことだらけでした。病院実習では、患者としてではなく看護実習生として接する看護師さんや患者さんとの関わり方に戸惑いました。また、当時の私は子育て中であり、その状況がより混乱を招きました。そんな時いつも先生に相談しご指導をいただいたり、同級生とも励まし合い助け合っていく中で何とか乗り越えられました。卒業してから随分経ちますが、今も臨床看護師として頑張っています。経験を重ねていくうちにあの時わからなかったことの答え合わせをするかのようにだんだんわかってきます。だから私のように最初は分からなくても、心強い先生方や仲間がいるから安心して学べると思います。
終末期ケア専門士として
18期生 M K
私は、療養型病院で医事課・相談員として勤務する中で「病を治す」よりも「悪化させず、穏やかに見送る」ケアの大切さに気付きました。患者様ご本人の満足、ご家族の納得のいく見送りを支えたいという思いから、准看護師を志しました。金銭的にいきなり正看護師を目指すのは難しく、まず准看護師資格を取得。10年間現場で経験を積んだ後、通信制で正看護師免許と終末期ケア専門士資格を取得しました。現在は訪問看護師として、在宅医療や看取りに日々関わっています。今の自分の根底にあるのは、本校での2年間です。日々大変ではありましたが、今の自分の糧となっています。これから入学される皆さんにとっても、きっとそうなると信じています。頑張ってください。
私が入学を決意した理由
在校生(1年生) 荒堀 達也
今まで福祉業界で働いていた私は、社会的に弱い立場の方達に寄り添いたいと考え、医療行為の資格取得ができる本校への入学を決意いたしました。福祉支援者の時は利用者達に対して専門的な医療の資格が必要な場面が多く、その度に看護職の方たちの活躍を近くで見ていました。
入学前は不安でいっぱいでしたが、授業では各分野が専門職の講師の先生方達から分かりやすく丁寧に授業を学べます。また、同じ志を目指すクラスメイトとも、お互いに協力して支えあえる充実した環境で勉強しています。
入学前は不安でいっぱいでしたが、授業では各分野が専門職の講師の先生方達から分かりやすく丁寧に授業を学べます。また、同じ志を目指すクラスメイトとも、お互いに協力して支えあえる充実した環境で勉強しています。
この学校で学んだこと
卒業生(令和8年3月卒業) 山本 智江子
40代で入学を決意。資格を取得し、現在は准看護師として働けていることに喜びとやりがいを感じています。この学校での学びがあったからこそ今の自分があり、先生方や仲間に心から感謝しています。あの時一歩踏み出してよかったと、今あらためて感じています